Online Shop Zippo Time
ヴィンテージ&レア・アイテム
Zippo Timeからのお知らせ
- 2025-01-01 ◆値引き交渉、承ります!!お気軽にお問合せ下さい。
- 2024-07-11 ◆商品代金を「銀行振込」にて「ご決済」頂いたお客様に限り、小さな商品の発送方法を「ヤマト運輸:ネコポス」に対応させて頂きました。
- 2024-01-10 ◆フリーメール(Yahooメール、Gmail、Hotmail)を御利用のお客様へ、、、
- 2022-05-31 ◆送料無料の条件が変更になりました!!
- 2021-10-04 ◆大型商品及び高額商品の対応について、、、
全アイテムのご紹介
Ford 45th Anniversary【ZIPPO】
UNITED WE STANGフォード社を代表する車、マスタング(野生馬)のシンボルがデザインされた、マスタング製造45周年記念ジッポーです。
コールマン /228D 1949年製【Coleman】
1949年生まれのコールマン228Dランタンです。通称ビッグハット!1台はコレクションしたいモデルです。コールマンのビンテージ・ツーマントルランタンの代表モデ
USED ベンチコート・フード付き【ZIPPO】
特筆する、目立った汚れや破れ等なく程度は良好だと思います。(サイズ表記:M) ※ファスナー金具の引手?が、欠損しているようです。(ご理解の上ご購入下さい)
ジッポーコレクション NO.81 JAPAN 1968【DeAGOSTINI】
Zippoと日本市場、、、その結びつきを支えるものZippo社と日本との付き合いは長い。日本の代理店との販売契約を最初に締結したのは1968年。半世紀も前である
コールマン /200A 小文字パテペン・スモールレター 1968年2月製【Coleman】
1968年2月製コールマン200A、希少なパテペンのスモールレターです。(1967年~1968年の製造期間5ヶ月間、白枠デカールの PATENTS PENDIN
ジッポーコレクション NO.4 80th ANNIVERSARY 2012 【DeAGOSTINI】
ブラッドフォードから世界へ 国境と世代を超えるZippo ファミリー 2012年、Zippoは新たなマイルストーンを通過した。ジョージ・グラント・ブレイズデルが
世界の1円?紙幣(ウォン、ペソ、ボリビアーノ、コロン)等、、、No.3
韓国銀行券 壱圓、1953年2月17日発行~1962年6月10終了、大きさ:54mm×111mm(米国印刷)表面:漢字で銀行名と漢字とハングルで額面を表示。裏面
ジッポーコレクション NO.118 CATS 1956【DeAGOSTINI】
嫌われ者に愛を込めてーー蛇蝎の如き生き物たちに潜む美「蛇蝎の如く嫌う」という言葉があるように、ヘビやサソリを好む人はあまりいない。クモやコウモリ、トカゲの仲間た
陸上自衛隊 50周年記念 両面デザイン【ZIPPO】
自衛隊(じえいたい、英語: Japan Self-Defense Forces, JSDF)は、日本における防衛組織である。陸上自衛隊(略称:陸自、英語: J
ジッポー!ア・ラ・カルト
LUCKY PENNY
ラッキーペニーとは、ジッポー社製のライターや他の製品に対する「無料修理」を宣伝する為に配られたキーチェーン。「1セントも取らない」と云う意味を込めて、1セント硬貨が収められています。また、参考商品の様に「販促グッズ」として配られたこともありました。
Red felt(赤フェルト)
1960年代後半(1966~67年頃)、一時期だけに通称赤フェルト呼ばれるオイル止めが、使われていました。(稀に1965年)
ファースト ジッポー 特許認可書
ジッポー社、初「特許認可書」の画像を入手しましたので、ご紹介します。特許申請:1934年5月17日 〃認可:1936年3月3日
METALLIQUE MODELS
メタリケとは、企業ロゴやイニシャル等の形状に整形した、極薄金属板(真鍮板等にクロムメッキを施した装飾パーツ)を「ライターケース」に貼り付けて(接着剤を使用)、ケースとメタリケとの間にできる凹みの部分に、エナメル塗料等を流し込んで着色し装飾する加工方法。1933年の終わりにイニシャル入りの特別注文が始まり、翌年1934年に「Scotte Dogs」や「The Drunk」の有名図柄が装飾モティーフに加えられたが、1940年代に入って、パントグラフによる掘り込み、または手軽なエッチングによる腐食加工が主流になり、手のかかるメタリケ加工が敬遠され、1940年代後期には製造中止となりました。
Im.memory Ernie Pyle 1945
アーニー・パイルは戦場の兵士の生の声を伝える従軍記者として、最も評価されたジャーナリストです。ジッポー社創業者「G.G.ブレイズデル」は、彼のコラムの愛読者で、アーニー・パイルも「ジッポー」が大好きで、コラムでジッポーの事を書き、その中でブレイズデルを「ミスター・ジッポー」と呼びました。ふたりは1度も顔を合わせる事はなかったが、手紙を通じて「親交」を深めていました。1945年、ブレイズデルはアーニー・パイルの追悼の意を込めて、アーニー・パイルが最後に乗船していた「軽空母キャボット」の乗組員に記念のジッポーを贈っています。
