Online Shop Zippo Time

ビンテージ・ジッポー専門店!珍品・レア物・満載。Zippoマニア必見!!10,000以上お買上で送料無料。(沖縄県・離島を除く)



全アイテムのご紹介

閉店したロレックス専門店からの入手品 B【時計部品】

​ ​​​コマ数:3、幅:16mm、ロレックスのパーツの様ですが、真贋or詳細は不明です。

スターリング プレーン レギュラーサイズ【ZIPPO】

​中古のスターリングシルバー、プレーンタイプのライターです。(インサート簡易クリーニング済)細かい傷等が見られますが、使い込むほどに味の出る素材ですので、まだま

1938年 TEXACO メタリケ 【ZIPPO】

通常広告は表ですが裏に「TEXACO 」のメタリケ、メタルペイントは30%位でヒンジの緩みも少なく「クリック音」も良好です。メタリケ:METALLIQUE(メタ

1965 #200 CB プライスシール貼り【ZIPPO】

​プレーン・ジッポー、ブラッシュ・クローム仕上げ。(#200CB )

1992年製  ハワイ大学【ZIPPO】

ハワイ大学のロゴ入り、スリムライターです。

フルチューニング・ジッポー!! アンティーク・シルバー アーマーケース 2022年製 クリック音♪良好 【ZIPPO】

ANTIQUE SILVER ARMOR  ボトムにはアーマーの印である特別な「A」の刻印​。余韻の長いクリック音は良好です。

1974 Southern DOZERS【ZIPPO】

Southern DOZERS,INC. ブルドーザー、トラクターの販売会社です。現在は、Southern Dozer & Tractor Inc と改名。

AMERICAN EMBASSY SANA’A, YEMEN 【ZIPPO】

 サヌア:イエメンの首都、一部はアフリカにも含まれます。

Nick Pell Chopper 最終シリーズNO.5 【ZIPPO】

中古ジッポーを彼の手で大胆に「カット」そして、それぞれの個性を活かしたカスタムを施して作品に仕上げています。ニック・パル氏のチョッパー・ジッポー、、、最終シリー

ZIPPO JEANS 4個セット 【ZIPPO】

デニム柄のジッポー、4個セットです。




 

ジッポー!ア・ラ・カルト

ジッポー社初の「周年モデル」25th Anniversary

ジッポー社初の「周年モデル」25th Anniversary

世界⼤恐慌の嵐が吹き荒れていた1932年、⽯油採掘産業と共に栄えてきた街・ペンシルバニア州ブラッドフォードで、将来有望なビジネスとしてライターの製造販売を⾒込んでいた若き⽇のG.G.ブレイズデルは、街の⼀⾓にあったビルの2階、リッカーソン&プライド社の⼀⾓を間借りした⼩部屋で、⼆⼈の従業員と共にささやかにZIPPO社を⽴ち上げた。その後、第⼆次世界⼤戦、朝鮮戦争などを通じ「軍需物資としてのオイル・ライターの供給」を続けることで会社は成⻑し、やがて戦後の⾼度経済成⻑の波を受ける中で、創業25周年を迎える1957年頃には、ZIPPO 社はブラッドフォードで最も⼤きな企業へと成⻑し、地元の経済基盤を⽀える中⼼の役割を果たすまでの成⻑を遂げていた。それまでに、通算4200万個を超えるライターを製造・出荷し、街中の4つのビルに事業所を構え、従業員も300⼈近くに膨らんでいた。創業時からのポリシーであった「永久保証」も広く認知され、この頃までにブラッドフォード本社のクリニックには200万個を超えるライターが修理の為に送られてきていたと云う。このエピソードからしても、ZIPPO社の事業規模がいかに拡⼤していたのかを伺うことが出来るだろう。(コメントは、FEEF Newsletter #38 より、引用させて頂きました)

ブラック・クラッケル(第二次大戦モデル)

ブラック・クラッケル(第二次大戦モデル)

1941~1945年に製造されたアイアン(鉄製)のジッポーです。通常はブラス製(真鍮)ですが、戦時中は「銃弾」等の需用でブラスが品不足となり、代替品としてアイアンを使用しました。鉄は素材の欠点として「サビ」に弱く、サビ止めとして黒く塗装しました。しかし戦時中の事で、素材の良い鉄も戦時物資として需要が多く、粗悪な鉄素材しか入手出来ませんでした。当時のジッポー社は「民間」への販売を中止して、軍隊への大量注文に対応する為には早く生産する必要があり、強制的に熱風等で「塗装」を乾かし、粗悪な鉄素材でライター・ケースを形成した結果、塗装面に「細かいヒビ」が生じました。黒い塗装のヒビで「ブラック・クラッケル」と呼ばれた様です。またケース素材の硬度の違いで型に負担を架け、だんだんと「船底型」に変化したと云われています。

ZIPPO STORY

ZIPPO STORY

ジッポーが生まれたのは、アメリカ全体が苦しみ、もがいている時期だった。1929年のニューヨークでの株式市場の異常に端を発した世界大恐慌のあおりを受け、空前の大不景気。こうした状況の中、1932年に美しい森に囲まれたペンシルバニア州ブラッドフォードの町でジッポーは産声をあげた。開発者の名前はジョージ・グランド・ブレイズデル。パーティー会場で友人がオーストリア製の扱いづらいオイルライターを使っているのを見たのがきっかけだった。ブレイズデルのひやかしに、友人が「It Works:火がつけばいいんだよ」と返した。その言葉に、ブレイズデルは強い衝撃を受ける。そして「安いうえに性能がよく、丈夫で長持ちするライターは商売になる」と考え、すぐさまライター会社の独占販売権を獲得する。しかし、彼はこのライターに物足りなさを感じ、得意にしていた製造技術を活かして、新しいライター作りに取りかかりはじめた。設備の整わない自動車工場での製作だったが、情熱を注ぎこみ日夜ライター作りに励んだ。こうして、角張った長方形のスタイル、そして片手で着火が可能なライターが完成した。そのライターの名は「ジッポー」。同じペンシルバニア州で発明された「ジッパー」の音の響きを気に入っていたため、これをもじったのだ。ブレイズデルは会心の出来栄えに「自分が生きている間、このライターは変わらないだろう」と力強く断言した。

Zippo社 新社屋誕生 1955年

Zippo社 新社屋誕生 1955年

1955年創業者ジョージ・G・ブレイズデルは、Zippoの故郷であるペンシルバニア州ブラッドフォードの中心部に、Zippoを象徴する本社を建設した。この地はブレイズデル自身の故郷でも在る。現在も、バーバー・ストリート33番地に建つこの建物は、160カ国以上に販売網を広げるZippo社の総本山としてだけでなく、"故郷の星”として地元の誇りとなっている。 コメントは「ジッポーコレクション:DeAGOSTINI」18号より転載させて頂きました。

゛A WEEK’S TRIAL-THEN ALL THE WHILE ”

゛A WEEK’S TRIAL-THEN ALL THE WHILE ”

1週間試せば手放せなくなる、、、初期の頃から使われてきたZippoのスローガンである。創業者ジョージ・ブレイズデルの哲学であり、一度使えばそのメリットをユーザーが必ず感じ取ってくれという自信の表れでもある。良質の製品を完璧なアフターサービスで届ければ、顧客は生涯にわたり愛用してくれることだろう、、、創業当初から、ブレイズデルはこうも確信していた。最初期のギャランティ・カードには、こう記されている。「私たちは、Zippoが世界最高のライターであると確信しています。すべてのパーツは入念な検査済み。万が一欠陥があれば、無料で交換いたします」「徹底的な研究開発の末に生まれたZippoは、究極の耐風ライターです。ですから、たとえ特別な思い入れなしに使っていただいたとしても、完璧な満足をもたらすのです」世界中に何百万人もの愛好家が存在している事実は、彼の自信を十二分に裏付けている。(コメントはジッポーコレクショ「DeAGOSTINI」47号より転載させて頂きました)